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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)8号 判決

東京都千代田区神田駿河台四丁目6番地

原告

株式会社日立製作所

代表者代表取締役

金井務

訴訟代理人弁理士

小川勝男

中村守

武顕次郎

山田利男

市村裕宏

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

山口隆生

大日方和幸

今野朗

土屋良弘

主文

特許庁が、昭和61年審判第18138号事件について、平成3年11月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年9月3日、名称を「周波数変調音声信号の再生装置」とする発明につき特許出願(特願昭55-121055号)をしたが、昭和61年8月5日に拒絶査定を受けたので、同年9月3日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和61年審判第18138号事件として審理し、平成2年11月28日に特許出願公告(特公平2-55866号)をしたが、その後、特許異議申立てがされ、審理の結果、平成3年11月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月18日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭51-143310号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭53-117407号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に開示された事項に基づいて、当該技術分野の通常の知識を有する者が容易に発明できたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1及び2の各記載事項については認める。

「本願発明と引用例開示事項の比較検討」のうち、引用例1には本願発明の(ホ)、(ヘ)の構成(審決書3頁4~12行)が開示されており、(ト)、(チ)の構成(同3頁13~20行)以外の点では特段の差異は認められないとしているとの点、引用例2には長時間の信号欠除時に生ずる雑音を除去するのにスケルチ回路が用いられることが開示されており、具体的な回路構成における多少の差異はあるものの、本願発明の(ト)、(チ)の構成と同様のものが開示されているとの点及び本願発明と引用例発明1との相違点についての判断は争う。

審決は、本願発明及び引用例発明1の技術内容を誤認し、引用例発明1は本願発明の(ホ)、(ヘ)の構成についても一致すると誤認し(取消事由1)、また、本願発明と引用例発明1の相違点の判断にあたって、引用例2には、具体的な回路構成における多少の差異はあるものの、本願発明の(ト)、(チ)の構成と同様のものが開示されていると誤認して相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明1との一致点の認定の誤り)

(1)  審決は、引用例発明1のドロップアウト検知器(7)及びパルス回路(8)を合わせたものが本願発明の構成(ホ)のドロップアウト期間検出回路と一致すると認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。

本願発明の構成(ホ)のドロップアウト期間検出回路は、供給された信号のドロップアウトを検出して検出されたドロップアウト期間に対応するパルス幅をもつドロップアウト検出パルスを発生するものであるのに対し、引用例発明1のドロップアウト検知器(7)は、供給された信号がなくなるとトリガ信号を発生し、パルス回路(8)は、このトリガ信号を基準に一定のパルス幅(検出されたドロップアウト期間とは無関係の所定のパルス幅)のパルス信号を発生するものである。すなわち、引用例発明1のドロップアウト期間は所定のパルス幅よりも短い場合も長い場合もあり、パルス幅がドロップアウト期間に対応していない点で、本願発明の構成(ホ)と相違している。

(2)  審決は、引用例1に示すサンプルホールド回路(5)が本願発明の構成(ヘ)の前置保持回路と一致すると認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。

上記構成(ホ)に関連して、構成(ヘ)の前置保持回路は、前記検出されたドロップアウト期間に対応するパルス幅をもつドロップアウト検出パルスのパルス幅期間中周波数復調音声信号を前置保持するのに対し、引用例発明1のサンプルホールド回路(5)は、検出されたドロップアウト期間とは無関係に、所定のパルス幅のパルス信号によってそのパルス幅の期間中、周波数復調音声信号をホールド(前置保持)し、また、ドロップアウトが上記パルス信号のパルス幅期間以上続く場合は、再びドロップアウト状態になり、再度パルス信号が発生されることによりホールドが維持されるものである。すなわち、引用例発明1のサンプルホールド回路(5)の機能は、前置保持の状態がドロップアウト期間に対応していない点で、本願発明の構成(ヘ)と相違している。

(3)  したがって、審決が、本願発明と引用例発明1とは、構成(ホ)、(ヘ)について一致し、構成(ト)、(チ)以外の点では特段の差異はないとしたのは誤りである。

2  取消事由2(本願発明と引用例発明1との相違点についての判断の誤り)

審決は、引用例2には、「長時間の信号欠除時に生ずる雑音を除去するのにスケルチ回路が用いられることが開示されている」として、「具体的な回路構成における多少の差異はあるものの、本願発明(ト)、(チ)の構成と同様のものが開示されているものと認められる」としたうえ、本願発明の構成(ト)について、「本願発明でいう『多発ドロップアウト検出回路』はドロップアウト検出パルスを積分回路15で積分し、その出力が所定のしきい値レベルEを越えたとき検出信号を出力するものであるから、基本的には、長時間の信号欠除を検出するのと同じ考え方であり、『多発』という表現も、長時問信号欠除の時はドロップアウトが多数回生ずるような状態を呈するという程度に解するのが相当であって、発生回数のみによって決まるものでないこと明らかであるから、甲第3号証(注、引用例2)に開示されたスケルチ回路と格別な相違は認められない」とする(審決書8頁7行~9頁15行)が、以下に述べるとおり誤りであり、したがって、この誤認を前提とした相違点の判断も誤りである。

(1)  本願発明の主たる技術的課題(発明の目的)は、前記構成(ホ)及び(ヘ)により生ずる問題点を解決することにある。

本願明細書及び図面の記載から明らかなように、構成(ホ)のドロップアウト期間検出回路を用いると、FM変調音声信号が記録されない場合であっても、FM変調音声信号と区別がつかないいくつもの振幅の大きな雑音が連続して現れる場合(第2図(a))には、ドロップアウト期間検出回路がこの雑音によって連続的に誤動作して連続的な誤信号を出力してしまう(同(b))こと、すなわち、ドロップアウト期間検出回路は、雑音が現れる毎に中断したいくつもの連続的なドロップアウト検出パルスを出力してしまうことがある。そして、この誤動作のため構成(ヘ)の前置保持回路に動作影響が現れ、連続的なパルス性雑音を出力してしまう(同(c))という問題があることが判明した。

本願発明の技術的課題は、このような構成(ホ)及び(ヘ)を備えたことに起因する問題を解決し、ドロップアウトの連続的発生に伴って前置保持動作が連続的に行われ、パルス性雑音が出力される場合には、音声信号を遮断することにより、パルス性雑音が出力されるのを防止しようとするものである。

(2)  本願発明の構成(ト)及び(チ)は、この技術的課題の解決手段として採用されたものであり、構成(ト)の多発ドロップアウト検出回路の本質は、本願発明の要旨に示されたとおり、「ドロップアウトが一定頻度以上連続発生すると検出信号を発生する」ものにほかならず、引用例発明2のように長時間(時間幅)のドロップアウトの検出を意図するものではない。

本願発明においては、ドロップアウトの発生頻度が一定頻度に達しないときには、多発ドロップアウト検出回路からは検出信号が発生されず、構成(チ)の遮断回路は遮断動作を行わず、周波数復調音声信号はドロップアウト検出パルスのパルス幅期間中前置保持され、雑音は除去される。また、ドロップアウトの発生頻度が一定頻度以上連続して発生したときには、多発ドロップアウト検出回路から検出信号が発生され、遮断回路は遮断動作を行い、ドロップアウト期間中に発生したいくつもの周波数変調音声信号と区別がつかない大きな雑音に基づくパルス性の雑音は除去されるという効果が得られるのである。

ここで、「ドロップアウト」とは、上記の技術的課題からみて、構成(ホ)のドロップアウト期間検出回路がドロップアウトだと認識(検出)できた状態、すなわち、FM変調音声信号がなく、かつFM変調音声信号と区別がつかない大振幅の雑音も発生していない状態をいい、このような大振幅の雑音が発生している区間は除かれる。

また、「頻度」とは、「ドロップアウトが繰り返して起こる回数」であり、「一定頻度以上連続して発生する」とは、この繰り返して起こる回数が一定数以上連続して発生する趣旨である。

したがって、これを審決が認定するように「基本的に長時間の信号欠除を検出するのと同じ考え方である」などとは到底解することができない。

(3)  これに対し、引用例発明2は、FM映像信号中にドロップアウトが発生したとき、その部分の再生映像信号を遅延再生映像信号で置換することによりドロップアウトを補償する回路において、長時間ドロップアウトが発生した状態のとき遅延ループに基づき発振現象が生ずるのを防止するため、スケルチ回路(3)でドロップアウトの発生が長時間切れ目なく続いていることを検出する。この長時間ドロップアウトが検出されたときは、遅延ループが開放されて非遅延の映像信号に切り換わり、発振が防止されると共に、所要回路に対するスケルチ動作により出力映像信号が遮断される。

このように、引用例発明2のスケルチ回路及び所要回路、特にスケルチ回路は、遅延型補償回路の発振防止のため長時間ドロップアウトの検出機能を持たせたもので、本願発明の前記技術的課題を解決するための構成(ト)の「ドロップアウトが一定頻度以上連続発生すると検出信号を発生する」機能を有していない。

したがって、引用例発明2のスケルチ回路(3)が本願発明の構成(ト)及び(チ)を充足しないことは明らかである。

(5)  以上のとおり、本願発明と引用例発明2とは、技術的課題もその解決手段としての構成も全く異なるから、審決の前記認定は誤りであり、この誤りを前提とした相違点についての判断も誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

(1)  本願発明の構成(ホ)について

引用例発明1のパルス回路(8)で発生するパルス信号のパルス幅は「所定のパルス幅」であって、「ドロップアウト期間に対応するパルス幅」ではないことは認める。しかし、「所定のパルス幅」は通常合理的な幅に設定されるものであり、また、ドロップアウト期間がパルス幅よりも長い場合はこのパルス幅後も継続して所定のパルス幅が発生し、それ以外の場合は、所定のパルス幅のパルス信号が発生するので、ドロップアウトの期間が十分カバーされている。また、この点に関して、本願明細書の発明の詳細な説明の欄及び図面にも、「ドロツプアウト期間検出回路14」とのみ表示しその機能を述べているにとどまり、何ら具体的な回路が開示されているわけでもないから、ドロップアウト補償の観点からみてこの差異は微差にすぎない。

(2)  本願発明の構成(ヘ)について

引用例発明1のパルス回路(8)で発生するパルス信号のパルス幅は「所定のパルス幅」であって、その前置保持は、ドロップアウト期間がパルス信号の所定のパルス幅よりも長い場合は、このパルス幅の後も継続して行われ、それ以外の場合はパルス信号の所定のパルス幅の期間中前置保持が行われるものであるが、「所定のパルス幅」の期間がドロップアウトの期間を充足し、ドロップアウト期間中は前置保持は実質的に継続しているのであるから、ドロップアウト補償の観点からみてこの差異は微差にすぎない。

2  取消事由2について

(1)  本願発明の構成(ト)について

本願発明の構成(ト)の「多発ドロップアウト検出回路」が、ドロップアウトが一定回数以上連続発生すると検出信号を発生する機能を有することは認めるが、この多発ドロップアウト検出回路は積分回路15及びしきい値回路16から構成されているから、積分回路の性質上、その検出信号は、ただ単に、ドロップアウトの回数のみに依存するのではなく、ドロップアウト期間検出回路からのパルス幅、すなわち、時間要素にも左右される。しかも、本願発明の実施例をみても、多発ドロップアウト検出回路の例として、積分回路を用いるものが開示されているだけで、ドロップアウトの回数のみを検出する、例えばカウンタ等の計数手段を用いるものが開示されているわけではない。したがって、ドロップアウトの回数と時間の両要素を必然的に検出するものであると解さざるをえないから、本願発明の「多発ドロップアウト検出回路」は、基本的には、長時間の信号欠除を検出するのと同じ考え方であるとした審決の認定に誤りはない。

また、「多発」についても、長時間信号欠除の時には、ドロップアウトの状態が連続的に生ずる場合も含めて、任意の時間幅を持ったドロップアウトが多数回生じる状態、すなわち、本願図面に示されているように、ドロップアウト期間は時間に規制されて異なるパルス幅を有するパルスが多数回発生している状態を呈している(甲第2号証図面第4図(b))から、単に、ドロップアウトが多数回発生している状態といえるので、審決の認定に誤りはない。

(2)  本願発明の構成(チ)について

周波数変調音声信号の復調において、搬送は入力レベルがある限界値以下に低下すると雑音が増大すること、この雑音を除去するために、スケルチ回路を使って受信信号を遮断することは、当該技術分野では極めて周知のことである(乙第1、第2号証)。

そして、引用例発明2のスケルチ回路(3)は、長時間の信号欠除を検出し、出力端子(8)の出力信号をハイレベルにして、復調された再生信号を遮断することは明らかであるから、審決の認定に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明の構成(ホ)及び(ヘ)について

本願発明の構成(ホ)の「ドロップアウト期間検出回路」は、本願発明の要旨に示されるとおり、「上記帯域通過濾波器の出力信号が供給され、この供給された信号のドロップアウトを検出して検出されたドロップアウト期間のパルス幅をもつドロップアウト検出パルスを発生する」(審決書3頁4~8行)ものであるから、ドロップアウト検出パルスのパルス幅は現実に発生し検出されたドロップアウト期間と対応するものとして構成されていることは明らかである。このことは、本願明細書及び図面に、「ドロツプアウト期間検出回路14はFM変調音声信号aの振幅を検出して第2図bに示すドロツプアウト検出パルスbを出力し」(甲第2号証4欄27~29行)と記載され、図示(同号証図面第2、第4図各(a)、(b))されていることからも明らかである。

また、構成(ヘ)の「前置保持回路」は、本願発明の要旨に示されるとおり、「上記ドロップアウト検出パルスのパルス幅期間中上記FM復調手段から出力される周波数復調音声信号を前置保持する」(審決書3頁9~11行)ものであるから、ドロップアウト期間と一致するパルス幅期間中、前置保持していることは明らかである。

(2)  一方、引用例1には、「ドロツプアウトが発生した場合、B.P.F(1)の出力信号が無くなるのでドロツプアウト検知器(7)はトリガ信号を発生し、パルス回路(8)は上記トリガ信号を基準に所定のパルス幅のパルス信号を発生し、サンプルホールド回路(5)を制御する。サンプルホールド回路(5)はドロツプアウト発生直前の音声信号レベルを、上記パルス信号のパルス幅の期間ホールドする。ドロツプアウトが上記パルス信号のパルス幅の期間以上続く場合再びドロツプアウト状態になり上記ホールドが継続されることになる」(甲第3号証2頁左上欄16行~右上欄6行)と記載されており、ドロップアウト期間を検知する機能があるとの記載はないから、これによれば、パルス回路(8)から出力されるパルス信号のパルス幅は、現実に発生し検出された個々のドロップアウトの期間にそれぞれ対応するパルス幅ではなく、予め設定された一定のパルス幅であって、本願発明のドロップアウト期間に対応するパルス幅ではないことは明らかである。

(3)  被告は、「所定のパルス幅」は通常合理的な幅に設定されるものであり、また、ドロップアウト期間がパルス幅よりも長い場合はこのパルス幅後も継続して所定のパルス幅が発生し、それ以外の場合は、所定のパルス幅のパルス信号が発生するので、ドロップアウトの期間が十分カバーされており、さらに、「所定のパルス幅」の期間がドロップアウトの期間を充足し、ドロップアウト期間中は前置保持は実質的に継続しているのであるから、ドロップアウト補償の観点からみてこの差異は微差にすぎない旨主張する。

しかし、引用例発明1のパルス回路(8)で発生するパルス信号のパルス幅は、通常合理的な幅に設定されるものであるとしても、現実に発生し検出された個々の「ドロップアウト期間に対応する」ものとして設定されるものではなく、これと無関係に予め設定される「所定のパルス幅」であるから、この設定された「所定のパルス幅」よりも現実に発生したドロップアウト期間が短い場合、ドロップアウト期間が終了し、サンブルホールド回路(5)には正常な音声信号が入力しているにもかかわらず、前置保持を継続するものと認められる。

逆に、ドロツプアウト期間が「所定のパルス幅」より長い場合、「所定のパルス幅」期間終了後、再び「所定のパルス幅」期間、前置保持が繰り返されることになるが、この「所定のパルス幅」と残りのドロップアウト期間が一致しない限り、ドロップアウト期間がパルス信号の「所定のパルス幅」よりも短い場合と同様、ドロップアウト期間が終了し、サンプルホールド回路(5)には正常な音声信号が入力しているにもかかわらず、前置保持を継続していることになる。

したがって、本願発明と引用例発明1とは、ドロップアウト補償の観点からみても相違しており、その差異が微差であるということはできない。

(4)  以上によれば、引用例1に本願発明の構成(ホ)及び(ヘ)が開示されており、両者が一致するとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  本願発明の構成(ト)及び(チ)について

本願発明の要旨に示されるとおり、本願発明の構成(ト)の「多発ドロップアウト検出回路」は、「上記帯域通過濾波器の出力信号が供給され、この供給された信号中にドロップアウトが一定頻度以上連続発生すると検出信号を発生する」(審決書3頁13~16行)ものであり、構成(チ)の「遮断回路」は、「上記FM復調手段の後段に設けられ、上記多発ドロップアウト検出回路からの検出信号によって周波数復調音声信号を遮断する」(同3頁17~20行)ものであることは、当事者間に争いがない。

また、本願明細書及び図面(甲第2号証)の記載によれば、図面第3図又は第5図に示される実施例において、「多発ドロツプアウト検出回路」が「この実施例では、ドロツプアウト検出パルスを積分する積分回路15および積分回路15から出力される積分電圧が所定のしきい値レベルEを越えたとき検出信号(第4図f)を発生するしきい値回路16」(同号証3頁6欄10~14行)から構成され、「ドロツプアウト発生期間を示すドロツプアウト検出パルス(第4図b)を、積分回路15に通すことにより、ドロツプアウトが一定頻度以上連続したことを、(第4図e)に示すごとく検出」(同6欄20~24行)するものであり、また、「遮断回路」が「多発ドロツプアウト検出回路から出力される検出信号をオア回路17にて加算した信号で前置保持回路11を制御」(同6欄41~43行)、又は「しきい値回路16の出力信号(第4図f)によつてオフされるスイツチ18をFM復調器9の後段の任意の箇所(第5図A~Dのいずれか)に設けて、復調音声信号を遮断」(同4頁7欄2~5行)する機能を奏するものであると解される。

以上のとおり、本願発明の構成(ト)の「多発ドロップアウト検出回路」及び構成(チ)の「遮断回路」は、発明の要旨に記載されたとおり、ドロップアウトが一定頻度以上連続発生することを検出すると、周波数復調音声信号を遮断する機能を有するものであることは明らかである。

(2)  一方、引用例2(甲第4号証)には、「ピツクアツプからの再生信号は増幅器(1)で増幅されその出力は一方では端子(2)を通じてリミタ、復調器に導出されまた他方ではスケルチ回路(3)に供給される。このスケルチ回路は、黒レベル周波数に中心を持つ帯域増幅器(4)と、その出力をエンベロープ検波するダイオード(5)と、一時的なドロツプアウトの期間に比べて十分大なる時定数を持つ平滑回路(6)と、増幅器(7)とを備えており、その出力端子(8)は再生出力がある場合(一時的なドロツプアウトが生じている場合も含む)にロウレベルになり、上述の如き長時間の信号欠除がある場合にハイレベルになる。このスケルチ回路の出力は周知のスケルチ動作を行わせるため所要回路に供給される」(同号証2頁右上欄2~15行)と記載されており、これによれば、スケルチ回路(3)は次のように作動していることが認められる。

すなわち、ピックアップからの再生信号は、増幅器(1)で増幅され、その出力は、一方では端子(2)を通じてリミタ、復調器に出力され、他方ではスケルチ回路(3)に供給される。このスケルチ回路(3)に供給された再生信号は、帯域増幅器(4)により増幅され、その出力はダイオード(5)によりエンベロープ検波されるが、十分大きな時定数を持つ平滑回路(6)によりドロップアウト期間にほぼ比例して出力電圧が徐々に上昇するが、ドロップアウトが終了すると瞬時に元の低い電圧レベルに復帰する。そして、増幅器(7)は、しきい値回路として機能し、平滑回路(6)の出力がしきい値を越えたときは出力を発生し、図示されていない所要回路に供給され、スケルチ動作をするものと認められる。

(3)  以上を前提に、本願発明の構成(ト)、(チ)と引用例発明2のスケルチ回路及び所要回路を対比すると、本願発明の構成(ト)、(チ)は、信号中にドロップアウトが一定頻度以上連続発生すると検出信号を発生し、周波数復調音声信号を遮断するものであり、ドロップアウト期間中に復調音声信号と区別がつけられないいくつかの雑音が連続的に発生しているような場合に、検出信号を発生し、復調音声信号を遮断することができるものである。

これに対し、引用例発明2のスケルチ回路(3)及び所要回路は、映像信号を対象にしてスケルチ動作をするものであるが、これを周波数復調音声信号の再生装置に適用することは当業者の容易に想到しうるところであるとしても、このような回路においては、長時間の信号欠除が発生するような場合であっても、FM信号と区別がつけられないような雑音が連続して発生している場合には、平滑回路(6)の出力は各雑音が現れる毎に、瞬時に元の低い電圧レベルに復帰してしまい、あたかも一時的なドロップアウトが連続発生したのと同じ状態となり、スケルチ回路(3)の出力には検出信号が得られず、すなわち、雑音で中断された各ドロップアウトの期間が所定の時間以上ない場合にはスケルチ回路(3)はドロップアウトを検出することはできず、FM信号を遮断することはできないものである。

このように、引用例発明2は、本願発明とドロップアウト検出機能が明らかに相違しており、長時間信号欠除が発生した場合、その間にFM信号と区別がつけられないような雑音が連続して発生している場合の長時間信号欠除は検出することができないものであるから、両者が異なるものであることは明らかである。

そうすると、引用例2には「具体的な回路構成における多少の差異はあるものの、本願発明の(ト)、(チ)の構成と同様のものが開示されている」とした審決の判断は誤りであり、上記相違を前提に検討すれば、本願発明の「多発ドロップアウト検出回路」が、審決認定のとおり、「ドロップアウト検出パルスを積分回路15で積分し、その出力が所定のしきい値レベルEを越えたとき検出信号を出力するものである」(審決書9頁5~9行)としても、本願発明の構成から得られる再生音声信号の雑音除去の効果と、引用例発明1に引用例発明2を適用して得られる雑音除去の効果とは、自ずから相違することは明らかである。

3  以上によれば、審決は、本願発明と引用例発明1との一致点の認定及び相違点の判断をいずれも誤り、その結果、本願発明が引用例1及び同2に開示された事項に基づいて当業者が容易に発明できたものとの誤った判断に至ったものであるから、違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和61年審判第18138号

審決

東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地

請求人 株式会社日立製作所

東京都港区新橋2丁目12番8号 藤田ビル5階 並木特許事務所

復代理人弁理士 並木昭夫

東京都千代田区丸の内1-5-1 株式会社日立製作所 特許部内

代理人弁理士 小川勝男

東京都千代田区丸の内1丁日5番1号 株式会社日立製作所特許部

代理人弁理士 田中清

昭和55年特許願第121055号「周波数変調音声信号の再生装置」拒絶査定に対する審判事件(平成2年11月28日出願公告、特公平2-55866)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 手続の経緯

本願は、昭和55年9月3日の出願であって、当審において、平成2年11月28日に特許出願公告されたが、渋谷正典、三洋電機株式会社、オリンパス光学工業株式会社から特許異議申立てがあったものである。

Ⅱ. 本願発明

本願発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲の第1番目および第3番目に記載されたとおりの「周波数変調音声信号の再生装置」にあるものと認める。

これを、第1番目の発明について分節して記号を付して、記すと次のとおりである。

(イ) 磁気テープに記録された周波数変調音声信号を再生する磁気ヘッドと、

(ロ) 上記磁気ヘッドによって再生された周波数変調音声信号を増幅する増幅器と、

(ハ) 上記増幅器の出力信号中から所望の周波数帯域の信号を抽出する帯域通過濾波器と、

(ニ) 上記帯域通過濾波器の出力信号を周波数復調するFM復調手段と、

(ホ) 上記帯域通過濾波器の出力信号が供給され、この供給された信号のドロップアウトを検出して検出されたドロップアウト期間のパルス幅をもつドロップアウト検出パルスを発生するドロップアウト期間検出回路と、

(ヘ) 上記ドロップアウト検出パルスのパルス幅期間中上記FM復調手段から出力される周波数復調音声信号を前値保持する前値保持回路と、

(ト) 上記帯域通過濾波器の出力信号が供給され、この供給された信号中にドロップアウトが一定頻度以上連続発生すると検出信号を発生する多発ドロップアウト検出回路と、

(チ) 上記FM復調手段の後段に設けられ、上記多発ドロップアウト検出回路からの検出信号によって周波数復調音声信号を遮断する遮断回路と、からなることを特徴とする周波数変調音声信号の再生装置。

Ⅲ. 甲号証開示事項

特許異議申立人三洋電機株式会社の提示した甲第1号証には次のことが開示されている。

(ⅰ) 第1頁右欄に「(1)は画像情報と音声情報とを周波数多重された円盤等の記録媒体から導出された再生すべき周波数変調信号を入力され、その入力信号から実用帯域の信号のみを抜取るバンドパスフィルタ(以下B.P.Fという)」と書かれており、

(ⅱ) 同欄には「(2)は上記B.P.Fを通過した周波数変調信号の振巾を一定にする振巾制限器、(3)は音声信号を復調するFM復調器」と書かれている。

(ⅲ) 第1頁右下欄~第2頁左上欄には「(7)は上記B.P.Fを通過した周波数変調信号の有無を検知し、ドロップアウトの発生を検知するドロップアウト検知器、(8)はこのドロップアウト検知器の出力により所定のパルス巾のパルス信号を発生するパルス回路である」と書かれている。

(ⅵ) 第2頁左上欄には「次にFM復調器(3)で上記変調信号を復調し、音声信号が復調され、L.P.F(4)で復調した音声信号の帯域外の雑音成分が除去されて、サンプルホールド回路(5)に入力される」と書かれている。

(ⅴ) 第2頁左上欄~右上欄には「一方、ドロップアウトが発生した場合、B.P.F(1)の出力信号が無くなるのでドロップアウト検知器(7)はトリガ信号を発生し、パルス回路(8)は上記トリガ信号を基準に所定のパルス巾のパルス信号を発生し、サンプルホールド回路(5)を制御する。サンプルホールド回路(5)はドロップアウト発生直前の音声信号レベルを、上記パルス信号のパルス巾の期間ホールドする。」と書かれている。

甲第3号証(特開昭53-117407号公報)には次のことが開示されている。

(ⅵ) 第2頁左上欄に、「ビデオディスクにおける最外周の無信号溝をトレースする場合或は信号の記録されていないテープをトレースする場合の如くドロップアウトと等価ではあるが一時的なドロップアウトに比較して長時間の信号欠除である場合には上記妨害は顕著に現われる」と記載されており、

(ⅶ) 第2頁右上欄には、「ピックアップからの再生信号は増巾器(1)で増巾されその出力は一方では端子(2)を通じてリミタ、復調器に導出されまた他方ではスケルチ回路(3)に供給される。このスケルチ回路は、……その出力端子(8)は再生出力がある場合(一時的にドロップアウトが生じている場合も含む)にロウレベルになり、上述の如き長時間の信号欠除がある場合はハイレベルになる。このスケルチ回路の出力は周知のスケルチ動作を行わせるため所要回路に供給される一方、論理回路(9)の一方の入力端子(10)に供給される。この論理回路の他方の入力(11)には……ドロップアウトパルス(P1)が入力される」と書かれている。

(ⅷ) 第2頁右下欄に、「前記第1及び第2スイッチ(15)(18)は、それぞれに付与されるスイッチングパルスがハイのときに信号の通過を阻止し、またそれがロウのときに信号を通過するように構成されている。」と書かれている。

そうして、これらの様子が図示されている。

Ⅳ.本願発明と甲号証開示事項の比較検討

本願発明と甲号証に開示された事項を比較すると、甲第1号証には(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)に示したとおりのことが開示されているので、本願発明の(ハ)、(ニ)、(ホ)の構成については同号証に開示されていると認められる。同号証にはまた、(ⅳ)、(ⅴ)に示したとおりのことが開示されているので、本願発明の(ヘ)の構成についても開示されているものと認められる。なお、同号証には「入力信号源」についての記載がないので、本願発明の(イ)、(ロ)の構成について直接の開示はないが、同号証に開示されたものも情報再生装置であることから、技術内容が本願発明と特に相違するとは考えられないので、この点についても本願発明は同号証に開示されたものと格別な差異はない。

従って、本願発明は、上記(ト)および(チ)の点で甲第1号証に開示されたものと相違するが、その他の点では特段の差異は認められない。

そこで、上記相違点について検討すると、甲第3号証には、上記(ⅵ)に示したとおり、「信号の記録されていないテープをトレースする場合はドロップアウトと等価であるが、一時的なドロップアウトに比較して長時間の信号欠除である」旨の記載があり、同(ⅶ)に示したとおり、長時間の信号欠除時に生ずる雑音を除去するのにスケルチ回路が用いられることが開示されている。ここで、スケルチ回路に関して、「周波数変調信号の復調において搬送波入力レベルがある限界値以下に低下すると雑音が増大すること、および、この雑音を除去するのにスケルチ回路を使って受信出力を遮断すること」が当業者にとってよく知られた事項であることを勘案すると、同号証には、具体的な回路構成における多少の差異はあるものの、本願発明の(ト)、(チ)の構成と同様のものが開示されているものと認められる。さて、上記回路構成について、さらに検討すると、本願発明でいう「多発ドロップアウト検出回路」はドロップアウト検出パルスを積分回路15で積分し、その出力が所定のしきい値レベルEを越えたとき検出信号を出力するものであるから、基本的には、長時間の信号欠除を検出するのと同じ考え方であり、「多発」という表現も、長時間信号欠除の時はドロップアウトが多数回生ずるような状態を呈するという程度に解するのが相当であって、発生回数のみによって決まるものでないこと明らかであるから、甲第3号証に開示されたスケルチ回路と格別な相違は認められない。そうして、甲第3号証に開示されたものはドロップアウト検出とスケルチの両方を行なうことを示しているから、甲第1号証に開示されたもののドロップアウト検出に加えて長時間信号欠除時の雑音除去手段も設けることを示唆しているものと認められる。

Ⅴ.結び

以上のとおりであるから、本願発明の特許請求の範囲の第1番目に記載された発明は、甲第1号証および甲第3号証に開示された事項に基いて当該技術分野の通常の知識を有する者が容易に発明できたものと認められるので、第2番目の発明について言及するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年11月7日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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